ポストモダンの夜に 四面塔いなり
ポストモダンの夜に
ポストモダンの夜に
みどり色の濁った波があしをすくう
ポストモダンの夜に
となりにいたキミはどこかへ消えてしまう
きらきらした砂のうえを歩くボクたちは
口の中をざらざらさせては鉛色の舌を出す
ボールを追いかけた犬は二度と戻ってこない
言葉に呑まれて沈んでいく足跡は
ばらばらにならない積み木はない
キミが泣くのは間違っている
ポストモダンがいけないの
ポストモダンがやってきたの
暗い夜の淵に顔を出しているそいつは
心の中を通り過ぎては引き裂くだろう
きれぎれになった表情は四面塔のように
郵便さえもうできない信じることは
吠えるだけの薄汚れた犬を見逃してくれ
廃車の下で眠っている猫を起こさないでくれ
月はただ後姿を見せるだけ
蛍はもう光り方を忘れたのだ
ポストモダンの夜に
みどり色の濁った波があしをすくう
ポストモダンの夜に
ここにいたボクはどこかへ消えてしまう
灰色の黄身
灰色の巨大な塔が立ち並ぶ
誰も迷わないための鉄格子
君だけが喜んでいる
君は人であることを嫌だという
君は君でありたいという
君は変わりたいという
君は君になりたいという
決して叶わないのに
錆付いた臭いが立ち込める部屋
ミルクと黄身のない卵をかき混ぜる
くぐもった僕らは水のなか
混濁するのを待っている
泉の奥の泥水を吸い込む太い血管のストロー
むらさき色の死者の爪を貪り食う
出航するにはまだ早い
生きるために血が流れる
それがそれであるだけで
飽き足りないのが僕らならば
それがそれであるだけで
顔を赤く染め上げなければならない僕らなのだ
ドロドロした太陽のなかに
望まれた真理の塊などはない
満たされた愛のかたちなどはない
それがそれであるだけで
それがそれであるだけだ
あるとするならば灰色の
ただ灰色の 灰色の黄身のなかだけに
失踪ポタージュ
キーボードの「イー」が反応しなくなった。いく
ら叩こうが意味がない。その言葉はもうどこにも
ない。他の言葉が隙間を満たそうとする。変わり
はいくらもあるのだ。僕が僕だという必要はない。
僕というものがそもそもないというように。ある
かないかといったらないようなもの。そういうも
のの塊が転がるのみ。一個一個拾うことが虚しい
ことじゃないとは思わない。
言葉が一つないというのに、無関心。僕は怒る。
そういう風に無視する奴らを。怒る。何だろうと
構わない。愛すること。言葉を取り戻すこと。な
かったことにしないこと。思い出すこと。だから
夜通しポタージュを沸騰する。
ぐつぐつと、ぐつぐつと、何時間でも。
ぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつ。
こびり付いた悲しみが底にはある。
姿をくらました僕が底にはある。
四つの顔
人の顔は一つしかないから、感情も一つしかない
のだと勘違いされてしまいます。人の感情に合わ
せて顔を用意するのなら、せめて四つは必要です。
三つじゃ足りません。アンコールワットにあるバ
イヨンの四面塔、あれくらいがちょうどいいです。
声を出して笑っていても、寂しい思いは抱えてい
ます。涙を流して悲しんでいても、笑い出したく
はなります。そうはいっても顔は一つしかないの
です。喜怒哀楽から一番ふさわしいのを選んで、
他は奥の方にしまうしかありません。それでも、
隠された感情はなかったことにはなりません。ち
ゃんとそれはそこにあります。人のことを勝手に
決め付けて、君は何も考えていないと思っていた
なんて言わないでください。見せる顔は一つしか
ないのです。本当は四つの顔があるのです。あな
たはそれを見ることができないけれど、それぞれ
違う顔をしているのです。
四つの顔が彫られた塔が何個も並んでいるのは奇
妙な光景です。でもそれが人間のほんとうの姿な
のだと気付かせてくれます。満員電車の中、四つ
の顔が立っていて、茶色い茂みの中から顔がぬっ
と浮かび上がってきます。四つの顔はそれぞれ微
妙に異なっています。鼻の高さ、唇の厚さ、目の
大きさ、眉毛の形、それにしわの数さえも違いま
す。感情は人の顔を変えます。四つの顔は役割分
担されていますので、顔もそれぞれ違ってきます。
それでも人の顔は一つです。だから言葉で埋め合
わせようとします。でも言葉もまた一つの面だけ
じゃないのです。言葉にもいくつかの感情が分散
されてこもっています。言葉からも、声色からも、
それを正しく読み取ることはできません。その複
雑な機微は四面塔でしか表すことはできません。
澄明な森の奥底に私たちの四面塔は姿を現します。
木の葉一枚一枚は色を抜かれ薄く透明になってい
ます。そこでは生い茂る樹木が四面塔の周りを覆
い尽くすというのに、一点の曇りもない空がすっ
かり見えます。透き通った幹の中を流れる水が見
えます。虫や動物たちは、無色の体に満ち足りて
います。何もかもが正しい姿であるのです。私た
ちは四面塔を抱きたがっています。ガラスででき
た四面塔を抱きたがっています。決して見つける
ことができないと知りながら、決して触れること
ができないと知りながら、抱きたがっています。
抱きたがっています。
夜をこえて
明日で世界が終わるなら
果てしない何もかもを 終わりのない何もかもを
赦し 君を 言葉を 心を 私を
四つの顔に乗って こえて 透明に
抱き合って溶けて 灰色に 声もあげず
みずうみの底に 焦げ付いて
ポストモダンの夜をこえて 夜をこえて
|
|