週末の遊園地は信じられないほど混んでいた。俺は暗澹たる気分になった。
どうしてこんなにも人が来るんだろうか。
親子連れ、カップル、どこかの小学校だろうと思われる騒々しい団体、親子連れ。一人ぼっちの女の子を見つけるのはなかなかに難しそうだ。
「勘弁してくれ……」
思わずそう口にしてしまう。考えるだけでも嫌になった。
俺はこの人ごみの中からたった一人を――それも、顔も名前すらわからない妹を――探し出さなければならないのだ。
「でも先輩、会ったことない妹さんなんて、どうやって見つけるつもりなんです?」
篠塚ハルコは額の汗をハンカチで拭った。彼女も何もかもが嫌になったような顔をしていた。
「そりゃあお前……誰かを探してそうな女の子に声かけて回るしかないだろ」
雲一つない、強烈な日差しにクラクラしてくる。なんだってこんなに暑いのだ。
「あーなるほど。ふつーに不審者ですよねそれって。ふつーに」
「そうは言ったって、じゃあ他にどうしろってんだよ」
「なにか特徴とかないんです? へんな恰好してるとかだと見つけやすくていいんですが。めったにいないような ――派手な帽子とかいいですね。鳥の羽根とかがいっぱいくっついてるやつ。目立ちますよ」
「俺は嫌だぞ、そんな妹」
「わたしだってそんな人に話しかけたくないです。でもヒントなしでこの中から見つけるとなると――」
俺もハルコも人ごみは得意じゃない。どちらかといえば二人とも、夏の海水浴場で浮き輪を片手にはしゃぎまわっているよりか深夜に壁に向かってブツブツ話しかけている方が似合うタイプだった。
「――げっそりしますね。げそげそです」
「げそげそだな」
「はい。でも、ほんとに何もないんですか? さすがに年齢ぐらいは分かりますよね」
「はっきりしたことはさっぱり何もわからん。妹なんだから俺より年下なんだろうし、親父と二人で来るつもりだったってことはそう小さいわけでもないだろ」
「ダメじゃないですか。それじゃ先輩のお父さんの写真とかないんですか?」
「ほれ」
写真の中ではまだ元気だったころの親父がでれりとにやけていた。わが親ながらあまり見られたものではない。
「先輩って結構お父さんに似てるんですね」
「そんなに似てないだろ」
「いえいえそっくりですよ。特に目元とか。んー、妹さんもお父さんに似ていてくれると見つけやすくていいんですが」
そう言ってぐるりと見渡した園内は、さして目新しいとも思えないなかば子供だましの遊園地だとは思えないほどごった返していた。
暑くもなく寒くもない、まさしく行楽日和であるからして無理もないのかもしれない。とはいえ、俺たちにとってはまったくうれしいことではない。
「それで、どこから探しましょう。わたしはとりあえずあの観覧車に乗るのがいいと思うんですが」
「妹だって俺のことを探してるかもしれないだろ。ここで待ってた方がいいんじゃないか」
「そうやって一日ここでぼへーとしてるつもりです? まぁそれもいいかもしれないですけど、少し楽観的すぎじゃないですか。妹さんだってわたしたちと同じように考えてるかもわかりませんし」
「わかったよ。観覧車に乗りたいんだろ、さっさと行こうぜ」
「別にそういうわけじゃないですよ。とりあえず高いところにのぼるっていうのはこういう場合の定石じゃないですか」
「どうです? いますか?」
「ダメだ。こんな高いところからじゃ人の顔なんて区別つくわけないな」
「あらら」
大雑把な服装ぐらいしかわからない。観覧車は思ったよりも高く、確かに園内全てを見下ろせるようではあった。
「んー、困りましたね。やっぱり歩き回って探すしかないんですかね。疲れそうです」
「嫌なんだったら俺一人で探したって。俺の妹なんだし。帰ったってかまわないんだ」
「そうはいいますけど、自分からついていくって言った手前投げ出せませんよ。先輩の妹さんっていうのもちょっとかなり興味ありますし」
「何がそんなに面白いもんかね」
ハルコはさして広くもない観覧車のその隅っこにちょこんと座っていた。なんというべきか、責任感の強いやつだった。
「もうちょっとわたしを頼ってくれてもいいんですけどね」
「全くの他人だぞ? 俺の家族の問題にお前を巻き込むわけにもいかんだろうよ」
「いいじゃないですか。わたしだって好きでついてきたんですから。まぁそれでも、迷惑だっていうんなら帰りますけど」
「そんなことはないけどさ」
「それならいいじゃないですか、先輩が何か損をするってわけでもないんですから」
その通りかもしれないがどこか釈然としない。何もハルコを疑おうってわけじゃないのだが。
「どうしてそこまで俺の妹に拘るんだ?」
「単純に、純粋に興味本位です。さすがに顔も見たことのない兄妹を一緒になって探すだなんて、なかなか出来ることじゃないですよ」
ハルコはにやりと笑った。
「それに、偶には先輩を助けてあげようって気分にもなるんです」
このクソ小生意気な後輩がそんなにも善意にあふれた存在だったとは! 普段の彼女からは想像しづらいことだった。篠塚ハルコは健気さや優しさといった点でよく知られているような人物ではなかった。
「もしかして、なんだが」
俺のしょうもない思い付きをハルコはまるで待ち構えてでもいたように、簡単に否定してみせた。
「はぁ。何を考えてるかわかりますよ。残念ですがわたしじゃないですね。わたしにはまだ父も母もいますし、そんなに都合よくはないです」
「そうだよなぁ」
よくまぁここまで人の考えてることがわかるもんだ。普段のハルコは決して人間関係における達人とは言い難かったから、俺の思考がよっぽど安易だったんだろう。
「簡単ですよ。だって、わたしが先輩の立場なら絶対に考えますもん」
「お前兄弟いるの?」
「いません。一人っ子です。だからってわけじゃないですけど、少しは憧れますよね」
「わかるよ。俺だって一人っ子だったんだから」
「憧れました?」
「そういうことを考えなかったってわけじゃない。でも、弟か妹がいたらかわいがってやったんだろうな、ぐらいだよ。実際にできるとなると話は別だろ。正直、見つけたとしてどうやって声かけたらいいか想像もつかねえよ」
「楽しそうですね」
「そりゃお前だろ」
「いえ、先輩もですよ。楽しみでしょう?」
「なんでもない普通の日に、」」誕生日の贈り物をもらったような気分だよ」
「そのたとえは分かりづらいですが――言わんとすることはなんとなくわかります。開けてみるまでそれが本当に欲しかったものかだなんてわかりませんし。ないですか? ずっと欲しかったものがいざ手に入ったら、案外そんなものどうでもよかったって気づくこと。わたしは結構あるんですけど、悔しいですよね、あれ」
「多かれ少なかれそんなもんじゃないか? 期待しすぎなんだろうな。俺もお前も」
「悔しいですよ、すごく。だって、わたしが欲しかったものなんですよ。それなのに、裏切りみたいなものじゃないですか」
「そこまで言うかね。反対に、それまで全然欲しくもなかったものだって愛着がわくことだってあるだろ? なんにせよ、手に入れてみなけりゃわからないんだから」
「ええ。その通りです。つまりそういうことですよ」
俺には一瞬ハルコの言う意味が分からなかった。彼女は俺の妹の話をしていたのだ。
「どんな女の子が先輩のことを待っているのかだなんて、まだわからないんですから。一つだけ明らかなのは、その女の子が先輩のことを待っているって、それだけですよ」
俺がどうすべきなのかはあきらかだった。贈り物を拒絶する、というのは受け取ることよりはるかに面倒なことだ。
「降りたらどこから探します? わたしはあっちのジェットコースターがいいんじゃないかと思うんですけど」
観覧車はすでにその円周の、四分の三ほどまできていた。珍しくやる気を出しているハルコについていくのも悪くはないのかもしれない。
「いいんじゃないか。もし見つからなかったとしても、いざとなったら迷子のお知らせでも流してもらうさ」
「『生き別れのおにいちゃんが妹さんをお探しです』って? それはまた、ずいぶんと感動的ですね」
「仕方がないだろ。まさか、たった一人の妹を見捨てるわけにもいくまいよ」
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