階段のナキゴエ   麻佳



 放課後。三月。中学校の校舎は、つま先が痛くなるほど寒い。特に、俺が今向かっている二年四組の教室は、ヒーターが壊れている一番の地獄だ。
 部活を終えた弘明と俺は、ホームルームの二年四組の教室に荷物を取りに廊下を歩いていた。
「レギュラーおめでと、亮介」
「サンキュ」
「二年でレギュラーかあ。人間関係、小学生の少年野球とはわけが違うね」
「そうだな……」
 弘明とは小学生の頃からの幼馴染で少年野球を始めたときからずっとつるんでる。人間関係の話でも、こいつになら出来る。
「ったく、こんなさみーのに怖い話するとか、趣味わりーよな。誰だよ言いだしっぺは。アホだべ」
「ほんとだよね。まあ面白かったけど」
「お前、結構怖かったべ」
「う、うるさいなあ」
 お互い、この手の話は苦手だ。少しの沈黙。怪談の話を持ち出した自分を少し恨んだ。
「ヨクナイモノって、怖い話した後とかに寄ってきやすいっていうよね」
「やめろよ……」
 沈黙の方が怖かったのか、俺に否定して欲しかったのか、弘明が余計なことを口走る。
 下校時刻を過ぎているから、俺らが点けた廊下の電気以外はどこにも明かりはない。蛍光灯が一本切れている。そこから残り蛍光灯三本分で、二年四組の教室だ。
 バタン。
 大きな音を立ててドアが閉まる音がした。俺たちは肩をびくりとさせて振り返った。足音が遠ざかっていく。きっと事務のおっさんだろう。本当に、校舎には俺たちしか残っていないだろう。
「び、びっくりしたね」
 弘明が先に歩き出した。
ドアは静かに閉めろよ、おっさん。
 俺がもう一度前を向くと、先を歩いた弘明が二年四組の教室の前で立ち止まっていた。
「おい、どうした?」
 俺も足を進める。
「ねえ、あれ」
「ん?」
「亮介の机、だよね?」
 震える指で弘明が指さしたのは、確かに俺の机だった。
「なんだ、あれ……」
 俺の机の上に、何かある。ぼんやりと、白く、光っている。今日は、月明かりも届かない、風の強い曇天。間違いない、何かある。
「ねえ亮介、あれって」
 言うな。言うな!
「人の手……」
「!」
 俺の机の上で、白い腕がビクリと動いたのと同時に、俺らは逃げ出した。

「弘明、お前んち、寺だよな」
 俺たちは息を切らして中学校の中庭走っていた。自分の吐く白い息越しに見える、切れかけの点滅する白熱灯の暗い電灯が、さっきの白い腕を連想させて気持ちが悪い。
「うん。うちに行こう」
「なあ、やっぱり今の見間違いじゃないか?」
「じゃあ先端が五つに枝分かれしてる、何と見間違えたっていうの?」
 弘明に否定してもらえない以外、もう誰に否定されてもあれは人の手だったとしか思えない。俺はこっそり湿る眼を風で乾かしながら走った。
 正門を出て後ろを振り返り、ようやく走る速度を落とした。俺たちは上履きのままだった。

 弘明の家に行くまで、俺たちは口を利けなかった。嫌でも思い出すあの光景。思い出せば思い出す程、白い手が気色悪く感じられた。
「なあ、今日、弘明んち泊まってっていいだろ?」
 内心馬鹿馬鹿しいと思いたい反面、それ以上に怖かった。
「うん、いいよ」
 何の知識もない俺たちは、台所から持ってきた食塩を大量に玄関にばら撒き、寺に入った。小さくても何でも、眉間にホクロの付いた仏像があれば、なんとなく安心出来た。
 俺たちは弘明の部屋に入ってやっと一息ついた。夕食はなんとなく喉を通らなくて、弘明の親には食べてきたと言った。白い手の話は出来なかった。
「宿題やろうぜ」
 いつもは授業の前に慌ててバタバタ宿題をする、ことすらしないふたりだったが、ゲームをするにも漫画を読むにもテンションが上がらなった。
 十分くらい宿題をやった頃だった。
「あ」弘明が小さく声をあげた。「月が出たみたいだね、外が明るくなってる」
「え?」
 窓に背を向けている俺はおかしいと思った。何故なら、雨音が聞こえるからだ。帰り道に降られなくてよかったと思っていたところだった。
「月が出てよかった」
 今日の夜は少しでも明るい方がいい、と弘明は嬉しそうにしている。じゃあ、この音は何だ。
「雨音、しねえか?」
 俺はためらいながらもそう聞いた。
「雨音? 換気扇かな?」
 カーテンを閉めると言って弘明は立ち上がった。
 弘明の部屋は昔と変わらない。戦隊もののプラモが大事そうに飾られ、写真立てには少年野球のときの写真や俺と出かけたときの写真がたくさん並んでいる。一番新しいものは、少年野球低学年チームで一緒にレギュラーに選ばれた三年生のときの写真だ。弘明と一緒に野球が出来た、あの時程楽しい野球はない。
「な、なあ、亮介」
 部屋のカーテンを握りしめて、弘明が俺に声を掛けた。
「ん?」
「お前の妹、琴美ちゃん亡くなったの、小一のときだっけ……?」
「そ、それがなんだよ」
「よく、さ、お花のピンバッジして、緑のワンピース着てたよね?」
「写真にはよくそれで写ってたな」
「もしかして、亡くなったのって、事故じゃなかった?」
「え、なんで知ってんの」
「あそこ、居るのって、琴美ちゃん? すごい、怖い、かお……! わ!」
 背筋ヒヤリ。
「ばっ、そんな訳ないだろ! カーテン閉めろ!」
 ガチャリと部屋の扉が開いた。
「弘明ー、亮介くんー」
「うわあ!」
 入って来たのは弘明のお母さんだった。
「母さん!」
「んー? ねえ、ケーキ食べる?」
 弘明のお母さんにケーキをもらった俺たちは、窓の外を見ないようにしてカーテンを閉め、明かりを点けたまま眠った。
 俺の耳には雨音がずっと、届いていた。

 結局ほとんど眠れなかった。常に誰かに見られているような気がした。カーテンの隙間から日光が差し込んでも、昨日の月明かりのことが怖くて、確信を持って日光とわかるまでは布団からは絶対に出なかった。トイレも我慢した。
次の日学校に行く前に一度家に帰り風呂に入り、身支度をした。その日の授業は眠くていつもよりも更にきいていなかった。部活だけはしっかりやったけれど、やっぱり放課後の疲れはいつも以上だった。
グラウンドの整備をしているとき、俺は弘明に言った。
「なあ、今日もお前んち行っちゃダメかなあ」
 やっぱり寺に居ると思うと、ちょっとだけ安心した。
「ん……?」
 弘明の返事がなんとなくすっきりしない。
「ダメなのか?」
「ダメじゃ、ないけど……」
「なんだよ」
 日はまだある。急いで帰れば日が落ちる前に弘明の家に着ける。
「だってえ、あの幽霊、すごい怖い顔してたよ。こっち睨んでた。もしあれが琴美ちゃんだったら、さ、狙ってるのは、亮介でしょ……」
 そうか。俺は弘明の言わんとしていることがわかった。妹が俺に何かをしようとしているとするならば、弘明は俺の側に居なければ安全、ということになるのだ。でも、俺だって寺に行きたい。
「なあ、頼むよ弘明、もう少しだけお前んち行かせてくれ……」
 俺は懇願した。二人でグラウンド整備のブラシをかけて走りながら、出来るだけ頭を下げた。
「頼む!」
「え! あ、頭下げ……ご、ごめん、亮介。亮介のせいじゃないのにね。追い出そうとしてごめん、頭あげてよ」
「ほんとか! ありがとう!」
 俺は顔をあげた。弘明はもうこっちを見てはいなかった。
「うちに、おいで……」
 その言葉とは裏腹に、弘明の握りこぶしにぎゅっと力が入ったのを、俺は見逃さなかった。

「急ごう、日が落ちる」
 部活を終えた俺たちは走って家に帰っていた。もうほとんど日は落ちて、いつ光が届かなくなるかとドキドキした。
 弘明の家の寺が見えて来た。
「弘明、その、あの、何もいないよな?」
 死んだ、琴美とか。キョロキョロしながら走る。
「いない、と、思うよ」
 俺たちは息を切らしながら日没から逃げていた。
 ようやく寺の砂利が見えた。あと少しで、安心出来る。
「!」
 弘明の足が、一瞬だけ止まりかけたのを見て弘明の見ている方向を見た。
 白い、光……!
 もう少しで寺の敷地に入るというところで、「相沢」の表札の隣の垣根に、ぼんやりと白い光が見えた。まだ日が落ち切っていないからなのか、ぼんやりと光っているようにしか見えないけれど、もしかして、あれは……。
「走れ亮介!」
「今度は何だ! 足か!」
「耳い!」

 ふたりで台所から食塩を両手で鷲掴んで、玄関の前に山盛りにした。
 国語の時間に読んだことがある。恨みを抱えた幽霊があの世から復讐にやってくる話。なんとか逃れようと、主人公の男は対策を講じる。えっと、あの話、どうやって逃げ切ったんだっけな。そもそも、逃げ切れたっけ?  俺は頭を振って無駄な考えをやめた。
俺たちはまた、弘明の部屋で一息ついた。
「やっぱり、琴美ちゃんかな」
 弘明がボソッと言った。カーテンはあらかじめ閉めておいた。
「わかんね」
 琴美は交通事故で死んだ。それは俺と遊んでいるときだった。俺が母さんと遊んでいるところを羨ましがって走り出したところを轢かれてしまった。最後にきいた「にいにずるいー!」という声は未だにはっきり覚えている。母さんが目を離した、本当に一瞬の出来事だった。
 俺はその話を、弘明にした。
「ふうん」
「なんだよ弘明、ふうんって」
「いや。琴美ちゃんも羨ましいのかもね」
「羨ましいって……琴美はもう死んだから、羨ましかった、だろ」
 あれが琴美の幽霊だとは信じたくなかった。弘明は、そうだと思い込んだらすぐに決めつけるところがある。俺はそれが少し、こいつの嫌いなところでもあった。
「じゃあ誰だって言うの?」
「それは……」
 俺は信じたくなくて否定したけれど、頭では琴美のような気がしてならなかった。一番あり得た。俺が、最後に琴美から母親を取った。
「羨ましいのかなあ」
「そうかもしれないね」
 弘明は下を向いてこっちを見ない。なんだよ、俺にどうしろっていうんだよ。
「琴美ちゃん、亡くなってからずっと、亮介のこと見てたのかなあ」
「え?」
「亮介は体もでかくて健康で、『寿命百年です!』みたいな感じじゃん?」
「そんなねえよ」
「琴美ちゃん亡くなったけど、それで塞ぎ込んだりしなかったし、明るいし、学校生活もすげえ楽しそうじゃん。野球も上手い! 僕と一緒で勉強は出来ないけど、本は読めるし、委員会だって入ってる」
 ほんとにこいつは、昔から人のことをよく見てる。俺のことだけじゃない。「○○って、△△が好きなのかなあ」の的中率はほぼ百パーセントだ。
「でも琴美ちゃんは、全部持ってない……」
 俺はドキッとして少し涙ぐんでしまった目を隠すため、軽く膝を抱え、うずくまった。そしてつい、小さい声でつぶやいてしまう。
「何考えてんだ、琴美……」
「亮介のせいじゃないけど、羨ましいとか、憧れ……はちょっと違うか? って、もしかしたら……」
 もしかしたら、嫌悪に繋がる。俺は何かが首を撫でたような気がしてバッと手をうなじにあてた。何もなかった。
「亮介は、恨む?」

 夜が過ぎた。誰かに見られているような気はしたけれど、「見られるだけじゃあ死なねえ」と思うようにしたら、一日目よりは大分眠れた。琴美の話ばかりだったけれど、少し喋ったのがよくて、エロい体育教師の事を喋りながら二時間くらい対戦ゲームをした。弘明は相変わらずゲームが下手で、あいつの持ってるゲームなのに、俺がたくさん勝った。でも隠し扉とかは、すぐにあいつが目ざとく見つけた。
 次の日の授業はもちろん気持ちよく寝かせていただいた。今日は日本史があって本当によかった。あの先生の声は、もしも幽霊が隣にいても眠くなるであろう破壊力だ。
 ただし、俺は今日ずっと悩んでいた。今日の夜を、どう過ごすか。
 部活はちょっとだけ集中出来なかった。怪我はしなかったけれど、トレーニングのメニューを間違えそうになったり、道具を出し忘れたり、ミスをした。けれどその度に弘明はいつものしれっとした顔で助けてくれた。
「サンキュ、弘明」
「いいよ、亮介、今日もうち来るでしょ?」
「いいのか?」
「うん、ゲームの続きしよう」
「いいね、やろうぜ」
俺たちはお互い、何ともない振る舞いをしつつ、部活が終ると大慌てで仕度をし、日が暮れる前に挨拶をしてさっさと帰った。やっぱり少し怖かった。
「今日は練習、早く終ってよかった」
「そうだね、焦らなくてすむ」
 弘明には行くと言ったけれど、俺はまだ悩んでいた。遠く向こうの方から風に乗って、お豆腐屋さんの「ぽーぷー」という音が聞こえてくる。それ以外は人の気配がしない。俺は足を止めた。
「なあ、弘明」
「ん? 何―?」
 弘明の顔は穏やかに夕日に照らされている。夕日があれば、また日没はやってくる。
「やっぱさ、今日家帰るわ。たぶん、大丈夫だ」
「え」
 弘明の顔がほんのり歪む。
「昨日、琴美の話したじゃんか。そりゃあ琴美は早く死んでしまったから、あの子が持っていないもの、俺はたくさん持ってる。もしかしたら俺のこと羨ましがって、嫌悪してるかもしれない。でも、俺に何かあったら、俺の両親が悲しむことくらい、琴美だってわかってると思うんだ」
 何より、今日弘明の家に行くことは、琴美から逃げているようで嫌だった。
「俺も琴美も、両親大好きだからさ」
 弘明の顔が垂れ眉で面白いことになっていた。心配してくれているのかもしれない。
「も、もし、琴美ちゃんが亮介に危害加えたらどうするの……それに、幽霊、僕しか見てないんだよ? もし琴美ちゃんじゃなかったらどうするんだよ……自信なくなってきたよ……」
「よく考えたら六年前だぜ? 今更だよ。それに、弘明が見たなら琴美で間違いないよ。お前の人間観察力、超魔人級だからな」
 琴美に対して今の自分を自慢する気持ちもなかったし、かといって、これからは妹のために謙虚に生きよう、といった後ろめたさも同情もなかった。
「弘明、家呼んでくれてサンキュ。また今度ゲームしようぜ」
「うん……」
 弘明は、どこか不安そうだった。
 日没。俺はまだ帰路を歩いていた。やっぱり少しドキドキしたけれど、初日の白い手を見た時程じゃなかった。
「ただいま」
 琴美の遺影は、玄関からすぐ見えるところにある。赤い花のヘアピンと、緑のワンピースを身に着けた写真。
 手紙でも、書いてあげようか。漢字は使わないで、ひらがなで、大きな字で、簡単な言葉で。
 俺は自分の部屋に入り、白い紙に鉛筆で「ことみへ」と書いた。
 けれど、先は続かなかった。簡単な言葉で、どうやって、琴美に伝えたらいいだろう。自分の名前もやっと漢字で書けるようになった子を、どうやって励ませばいいだろう。そもそも励ませばいいのだろうか。「自慢」も「励まし」も、琴美には意味がわかるだろうか。
俺は結局「だいすきだよ」としか書けなかった。

「弘明、うす」
「ああ、亮介。よかった、おはよう」
 弘明は昨日の方が、幾分元気だったように思えた。
「おい、大丈夫かよ。そんなに心配かけちまったか?」
「はは、そりゃ心配したよ。何回メールしようと思ったことか」
「悪かったな」
「うん。ねえ、やっぱり心配だからさ、僕んちおいでよ。もう一晩ゲームして、窓の外に何も居なければ、僕も安心出来るからさ」
「お前、ほんと心配性だな。昨日も何なかったし、もう大丈夫だって」
「ええー」
 弘明が笑うと安心するな。そう、思ったときだった。
「イテ」
弘明の前に立つ俺に、柔道部のやつがケツアタックしてきた。ドミノ式に俺は弘明の机に手をつく。机はガコンとおおきな音をたててバウンドしたが、倒れるのだけは免れた。
「お前ケツでけえよ」
「わりいわりいー」
「あ!」
 机が揺れて、中身がちょっと落ちていた。
「悪い、弘明……?」
 俺は何かが首を撫でたような気がした。もちろん何もなかった。
弘明の机からは、蛍光塗料の塗ってある、糸の付いた、綿の詰まった、白い軍手が出てきたのだった。
「おい弘明、これ」
「見るなよ!」
 弘明は勢いよく椅子から立ち上がると、バッグを掴んで教室から走り去って行った。軍手を拾った制服の袖にもちょっと、蛍光塗料がついているのが見えてしまった。ちょうど、チャイムが鳴った。まもなくして先生が入ってきた。全員が着席する。俺は一人、何が何だか分からなくなっていた。

 俺は幽霊を見ていない。垣根の光も、白い手も。
 弘明は部活にも来なかった。あいつの叫ぶ声が、本当はあんなに迫力があるなんて、俺は知らなった。
 日没。こんなに朝日が見たくないのは初めてだった。
「もしもし」
「亮介……」
 俺は弘明に電話を掛けた。話を聞かないと気が済まなかった。
「今、家か?」
「うん」
 それなら幽霊に何かをされる心配もないな。俺は無意識にそう考えていた。お互い無言の時間が続く。
「羨ましさはさ、憧れはさ、嫌悪になるよね」
 口を開いたのは弘明だった。
「それでも嫌悪したくないと思ったら、どうする? 憧れられればいいんだよ。人の心は単純で、それだけで自信につながる。満たされる。例えそれが、嘘だとしても」
 弘明、すまん、難しくてわからん、とは言えなかった。
「なんで弘明が俺を羨ましいんだよ。おかしくね?」
「おかしくないよ。君は僕が持っていないものを、たくさん持ってる」
「そんなのお前もそうだろ」
「君の方が、たくさん持ってる。いや、数の問題じゃないんだ。劣等感を感じたら、嫌悪するしかないじゃないか」
「簡単な言葉にしろよ」
 電話の向こうで、鼻をすする音がした。
「ねえ亮介。怖いって、助けてって言いなよ。部活でミスしなよ……」
 ビニールに、何かを捨てる音がする。カタン、ばさ。カタン、ばさ。
「懐かしいなあ、この写真」
 カタン、ばさ。
「小三に戻りたいなあ。二人で並んでた頃に」
 俺はまた、何も言えなかった。いや今度は「だいすきだよ」も出なかった。
「亮介、ずっと好きでいたかったよ。もう、無理だけど」
 それ以降、電話は繋がらなかった。
 そして次の日、弘明は部活をやめた。